しゅうちゃんの瀬戸内釣りある記 裏ブログ

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霊的制裁の法則つづき

しゅうちゃんです

スマトラ島の火山噴火を見てると、われわれ日本人はこんな呑気でいいのかと不安になって来る・・・。

スマトラ島シナブン火山


火にかけられているのも知らずにジワジワ茹で上がっていくカエルみたいなもんだな・・・。

まあこれが終末の姿なのかな・・・。


さて、目覚めかかった人はしっかりと真実を探していかないといけない。

その一つがこの霊的制裁の法則です。

前回はコチラ


ここから・・・

*「カルマ」とは何を意味しますか。

東洋起源の言葉で「霊的負債」ということに等しい。


*でもある種の試練はとてつもなく辛そうで、そこからは、「人生は涙
の谷である」という教訓以外は、引き出せそうにないですよ。


原因を知らずに判断しているからだ。犯罪がお咎めなしだった物語の
冒頭部分しか見なかった多くの者にとっては、その人が裁きを受けなか
ったのが不公平に見えたろう。

だが観客が、その後の転生で勘定が清算される第二話だけを見ても、
災いがどこに起因するのか理解できないので、そのような辛酸を味わわ
ねばならない人がいることが、理不尽に思えるのだ。

しかし、もしその魂の犯罪に満ちた過去を知っていたとしたら、多く
の者が、二つ目のチャンスをあげようとさえしなかったろう。霊的世界
では、いつも次のチャンスがある、いや、更生の機会は無数にあると言
った方が良い。


*霊的世界に改悛の機会が無数にあるのだとしたら、たとえばキリスト
教義で見られるような、悪者に対する永遠の刑罰や懲戒の信念はどこか
ら生まれたのでしょうか。


永遠の懲罰の概念は、神聖な源から発したものでない。根拠に欠け、
霊的な真相に一致していない。不合理な怖れで人びとを支配しようとし
た、聖職階層が導入した誤った教えの一つに過ぎない。

他者の霊道の探求に寄与する指導役を自負する者が、そうするどころ
か、人びとをさらに混乱させ、思考を操作して愚かにし、弱点を利用し
て自らの地位を上げたのだ。彼らは、嘆かわしくも、すでに充分に苦境
に満ちたその道のりを、邪魔することに一役買ったのだ。


*では多くの人が、人生の悲惨な出来事は、事前の打診もなく強制され
たものだ、という感じを受けるのはなぜでしょうか。


それは生まれ変わる前に決めたことで、魂は肉体に宿ると過去を忘れ
てしまうので、自分ではその決断に関与していないと思ってしまうのだ。

「魂の法則」を知らない者は理解できないだろうが、進化の一歩を踏
み出す決意をした多くの魂は、非常に困難な状況に立ち向うのだ。

多くの人は、何もしていない善人が、運命のいたずらのように、悲惨
で不幸な数々に見舞われなければならないことが、理解できない。そし
て、善人がこんなにも酷く苦しまねばならないのだとしたら、真の裁き
が存在する訳がないと結論づける。しかし、もしその魂の過去を垣間見
ることができるとしたら、その原因を見出せることだろう。その魂は、
「魂の法則」と同調できる前に、犯した罪の修復をし始めているのだ。

したがって、困難に立ち向かう人たちがいることを喜びなさい。第一
にその人たちは、更生しようと深く肯定的に改心した魂であり、第二に
それほどの試練に直面すること自体がかなり進んだレベルに達したとい
うことで、負債を集中的に清算することにも成功する可能性があるから
だ。


*それでは、魂が出会う否定的な状況の全てが、過去の行為の結果であ
ると理解すべきですか。


いや、そうではなく、その多くは今生の行為の直接的な結果だ。
また自分が生まれ変わった惑星の進化レベルに特有のものもある。


*それは、負債がない魂でも、贖罪とは関係のない逆境を経験する可能
性がある、ということですか。


そうだ。それは頻繁に起きていることだ。しかし、そうするかどうか
は、魂が自由に選択する。


*そうすることに、どのような意味があるのですか。自虐的に思えま
す!


魂は、苦しむのが楽しいからこの道を選ぶ訳ではないのだ。また、苦
悩自体が全く不毛なものであり、霊的に何も成長できないのだとしたら、
それもやはり意味をなさない。

しかし、それによって、愛の学びにおける霊的な進歩ができるのだ。
したがって、真の幸福へと近づけるので、自己記録を更新してゴールし
た長距離選手がレースを頑張って良かったと思えるように、悲痛な状況
を上手く乗り越えられると、努力の甲斐があったと思うのだ。

このような選択は進化した魂特有のもので、後進の同胞を助けるため
に転生して導こうとする、愛の行為なのだ。そして同時に、自分自身も
さらに速い進歩を遂げようとする。なぜなら、後進の者の恩知らずな行
為と不正の多くに耐えなければならないので、無償の愛の能力が試され
るいい機会となるからだ。


*逆境は進化の役に立ち、その多くが過去の行為の結果であると言われ
ても、前世のこととは切り離して、余りにも不平等で非人道的な耐え難
い ―たとえば飢餓や貧困や戦争など― 許せない物事があります。

それなのに、大変善良で能力が高いとされる存在たちは、人類のこの
嘆かわしい未来を変えるために何もしてくれません。これにはどう返答
されますか。


確かに、非人道的で許しがたいことは数多くあるが、それらは地球に
転生した魂たちが生み出したもので、それらを自覚し、地表から撲滅す
る努力をするのは、その責任があり、そうすることができる人間自身で
なくてはならない。

すでに述べた通り、霊的な進歩は、何の強制も強要もされず、それが
魂自身の自由意志と努力で決断されて、内面に取り入れられた時にだけ
に起こる。これは、「自由意志の法則」という、霊的に進化した存在全
てに尊重されている「魂の法則」だ。これが、神や他の高次の存在の、
この世の不正を改善する姿が見られない理由である。

ある問題を解決しようと全能の存在がこの世に現れたとしても、その
決断が全ての者の意向に沿う訳ではないので、それまで救世主を要請し
ていた地上の者は、今度は自由が失われたと文句を言うであろう。

君たちの世界には、我欲を放棄する覚悟のある人も、自分のものだと
思っている物を、それを持たない人びとと分かち合うことのできる人も
ほとんどいないので、どんな決定であったとしても、損をしたと思う不
平分子は、常にいることだろう。

だから人間には、物質界で、制限なく自由意志を使う経験をさせて、
自分が招いた状況に対処させるのだ。苦しみはエゴのせいであり、我欲
が人類の心に君臨し続ける限り、戦争も飢餓も貧困も不正もなくならな
い、という結論に独りで達しなくてはならない。

全ての災いを根絶する唯一の方法は、一人ひとりの心から我欲を一掃
することだが、エゴの毒を解毒できるのは、愛だけなのだ。

腕組みをしながら救済者がやって来るのを、待っていてはいけない。
行動するのだ。そうすれば助けが得られる。「愛の法則」を信奉する高
次の魂は、いつでも君たちを蔭から応援するために、傍にいるのだ。し
かし、君たちの意に反することはできないので、君たち自身の意志で、
率先して行わなければならない。

川に落ちてしまった者が助けを求めているにも関わらず、本人は腕を
動かしてなんとか泳ごうともせず、浮ぶ努力さえしないのと同じことだ。

決断しさえすれば、君たちには、自分の運命の方向を変える力がある
のだ。

間違いを犯す度に、父親が助けに来てくれるとしたら、一体どんな方
法で進歩できると言うのだ? 学びのためには、自分の決断が及ぼした効
果を味わう必要があり、自由に行動して、一方の道を採るか、別の道を
選ぶのかを決めなくてはならない。


つづく



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