しゅうちゃんの瀬戸内釣りある記 裏ブログ

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霊的制裁の法則

しゅうちゃんです

今回は魂の法則の中から霊的制裁の法則を載せます。

霊的制裁の法則と言うのはいろんな言い方があって、わたしが初めて理解したのは因果の法則として。

他には原因と結果の法則・作用反作用の法則・カルマの法則などがあります。


なんでこんなにも言い方があるのか。

それは人によって響き方が異なるから・・・。

言霊です。

言葉には魂が宿っているから、その人の波長に合う言葉で説くとその人の心を揺さぶったり胸に響いたり、より大きな理解をもたらしてくれるからです。

これを信じようと信じまいと、確実にアナタの魂に働きかける絶対の法則なんです。

上っ面を読み流さずに、肚にしみいるくらいに真剣に読んでみてください。

アナタの人生観がすっかり変わるはずです。

何度かに分けますが、全部読んでね。

アナタのこれまでの人生をそっとふりかえったとき、きっと気づくはずです。
自分の間違いに・・・。



第三の法則:「霊的裁きの法則」又は 霊的な作
用と反作用(原因-結果)の法則

• 他者にすることは、自分自身にもすることになる。

• 魂が自分の過ち(万物の生命に反する行為)を自
覚し、それを償えれば、霊的に進歩できる。



*無神論者は、「神が実在するのだったら、この世の多くの理不尽を許
す筈などない」と声高に主張していますが、これを、どう思われますか。


そのような意見の者は、人の命が肉体の誕生と共に始まるという信念
を持つために霊的な真相を完全に理解できず、それで、地上の一部の劇
的な状況を理不尽だと解釈してしまうのだと思う。

人間の生が誕生をもって始まると見なせば、神が初めから一部の者だ
けを優遇して、その他の者を虐げているように見えるので、この世は不
平等で、創造主がいても同じように不公平なのだろう、という避けがた
い結論に行き着いてしまう。

生まれた時から、先天的な病気や極貧、歓迎されない家族の下に生ま
れるなど、災難が山積みの人生が見込まれる人がいる一方で、ずっと賢
く美しく、深く愛され健康で、神のお気に入りに思える人がいないだろ
うか?

しかし我々が、今生は各人の生のほんの短いエピソードに過ぎず、今
編は、今の魂の状況と内容的にきちんと噛み合うこれまでの連載ものの
続編で、ふさわしい結末であると考えられれば、以前は理解できずに不
公平に思えた事柄を、次第に理解し始めるであろう。

実に全ての魂は、同じ起源から生じている。魂という存在は全て、無
知・無自覚な生命の素として等しく創造されたが、無数の転生経験を総
合して、愛と叡智の最高次元に達するまで、絶え間なく永久に進化する
可能性を宿している。

ある魂と他の魂との唯一の違いは、創造された時期、つまり魂の年齢
による。魂の生命の創造過程は、止むことがないからだ。

あるものは、君たちの銀河系がまだ星雲になる以前の何十億万年前に
冒険を開始し、物質界への数え切れない転生の歴史があるが、他のもの
はまだ進化を始めたばかりのいわば若い魂だ。

各々の行為と決断により、進化の道程は真っ直ぐにも、曲りくねった
ものにもなるし、遅くなったり速くなったりもする。

ほんの稚い幼児期から、愛と理解の偉大な能力を持ち、年齢に不釣合
いなほど精神的にとても成熟している人がいる一方で、肉体上では大人
や老人になのに、まだ振る舞いが幼稚で、見かけほど年がいっていない
ように思える人がいることに、気づいたことはないだろうか?

ある魂と他の魂との霊性能力の違いは、一見先天的なものに見えるが、
魂の年齢差と、これまでの転生を霊的進歩のために有効活用してこられ
たかによる。

各人の今生の環境の違いは、宿命の産物に思えるが、実は、これまで
の前世や肉体に宿っていない期間に、決断してきたことに起因するのだ。


*現在の人生での行いが、過去のものとどう関係するのですか。

宇宙的な法則がある。それを「霊的裁きの法則」、「原因と結果の法
則」、「霊的な作用と反作用の法則」などと呼べるが、その概要は、魂
は与えたものと全く同じものを受け取る、というものだ。それは、我々
が他者にすることは、実際には我々自身にすることになる、ということ
に等しい。

各魂は自らが創り出した状況に立ち向かわなければならない、という
のがこの法則の結論であり、それゆえ、魂が人生で直面する逆境の多く
は、前世で自分が作り出した原因の帰結、又はその影響なのだ。

*それがなぜ、宇宙的な法則なのですか。

なぜなら魂は、宇宙の諸法や万物の生命に反する自分の行為や状況に
立ち向かって、それを解決しない限り幸せになれないし、自己の霊的な
進化においても前進できないからだ。

好きな道を選び適切な決断をする自由が、「自由意志の法則」で魂に
認められているとするのなら、「霊的裁きの法則」では、自分の行為の
一つ一つがそれぞれの結果をもたらし、遅かれ早かれそれらが自分に影
響することを知らねばならない。別の言い方をすると、「種は自由にま
けるが、刈り取る責任がある」のだ。

つまり、行為の担い手として正当に思える行いなら、受け手としても
そう見えるべきで、その逆も然りだ。だが、もし自分がしたのと同じこ
とをされたくないのなら、そこにはあまり善意がないという訳だ。我々
にとって善くないことは、他者にとっても善くないのだ。

イエス自身を含む多くの偉大な預言者が、「自分にして欲しいと思わ
ないことは、他者にしてはならない」、「自分がして欲しいと思うこと
は、他者にもしなさい」と言っていたのを、君たちも耳にしたことがあ
るだろう。

「作用と反作用の法則」を知ったからには、これらの金言に、一文を
付け加えて「自分にして欲しいと思わないことは、他者にしてはならな
い、なぜなら結局は自分自身にもしてしまうことになるのだから」、

「自分がして欲しいと思うことは、他者にもしなさい、なぜなら本当は
自分自身にするのだから」とするべきだ。
「私たちが他者にすることは、私たち自身にもすることになる」とい
う至言に、霊的裁きの原理が含有されている。


これはまた続きを載せますからよく読んでね。
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