しゅうちゃんの瀬戸内釣りある記 裏ブログ

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魂の法則を急ごう

しゅうちゃんです

いつもこのブログを読んでくれている方からこんな要望がありました。

「魂の法則を真剣に読んでいるが難しい・・・。
何度も読み返してみるが、理解しにくいところがあり、しゅうちゃんが噛んで砕いて書いてほしい」

っというものでした。


たしかに魂の法則は最初わたしも難しく感じました。

昔からこういった目に見えない世界のことに興味があったわたしでも、少々退屈な場面もあったのが正直なところなんです。

でもね、わたしがあれを噛んで砕いて解説したら、よけいに難解になる恐れがありますし、魂の法則を書いた方は、一部あるいは全部をそのまま転載するのは許可してくれていますが、内容をかえるのは控えてくれとのことです。

それから200ページ以上ある全体のまだ半分も転載できていません・・・。

しかしこの魂の法則には、人間が生きている間にやるべきことや、死んでからどうなるのかということが順序良く書かれているので何としても紹介したいものなんですよ。

人が生まれる前にどのような準備をしていて、生まれてからどのように変わり、どういった生き方をしながら何を学んでいくべきなのかがとてもよくわかるんです。

どこからどうみても何の欲もなく、純粋すぎる赤ちゃんを見ていると、いったいこの子たちはどういう道を予定してきているんだろうかと気になったりします。

bc0.jpg

これから生まれてくる命や、いままだ幼い命たちに対して自分に何かできることはないだろうかと思うわけなんですね。


それから、この世で縁のあった人たちが先に旅立った時、どういう気持ちで見送ってあげればいいのかということも、わかってきます。


そんなわけなので、これからは私が読んで興味深かった部分をつまみだして紹介していこうと思います。

魂の法則を全部読んでみて感じたのは、これを書いたお医者さんの誠実さと無欲です。

素晴らしい教えを伝えること以外には、何も感じませんでした。
何のも感じなかったんです。(←ここ大事)


全部いっきに読んでみようという方は、「魂の法則」で検索してください。

知りたいと願う人には知りたい情報が目の前に現れるのもこの世の法則です。

私に縁があって、ここでこのブログを読んでいるというのも偶然ではないんですよ。


波長が合う人どうしが引き寄せられるのは自然なことで、流れに逆らわず身をゆだねてみると不思議に世の中うまくいくもんです。


それでは魂の法則、わたしが勝手に抜き出して転載します。


*あなたのお話では、動物の魂も人間に生まれ変われるのですよね。

すでに言った通り、魂は進化するに従って、さらに進化した物質的な
体に転生する必要があるのだが、自分の能力からかけ離れたものでは、
その状況が手に負えなくなるので駄目なのだ。
パイロット養成所の生徒も、いきなり旅客機を操縦して訓練したりせ
ずに、最初は飛行シミュレーターを使って学習を始め、次に軽飛行機を
運転し、準備ができた時に初めて大型の機体を操縦し始めるだろう。


まだ完全な自由意志はないが、知的面でも感情面でもかなりの能力を
備えた猿人に転生できた「魂の原型」は、次は原人に転生でき、学習す
るにつれて、自己の進化の必要性に見合った頭脳を持つ種に転生してい
く。こうして、動物の魂はヒト科の魂になるまで進化していって、いつ
かは人間として生まれ変わる。


でもこれは、一回の転生で急激に起こることではなく、中間層の種に
何回も生まれ変わってからなのだ。小学一年生の子どもが全教科に受か
ったとしても、翌年に高校三年生にはなれずに小学二年に進み、後続の
各学年を終了した後に、始めて高校三年の勉強ができる時が来るのと同
じだ。



*それではその反対に、人間の魂は動物に生まれ変わりますか。

前に説明したように、それは進化を後戻りさせることになるので、人
間から動物への転生は不可能だ。魂の進化が停滞してしまうことはある
が、すでに乗り越えた進化段階に逆行したり後退したりすることはない。
これは、試験に通らなかった生徒でも下の学年に落とされることがな
く、翌年に同じ学年をくりかえさせられるのと同じだ。



*でも、誰もがかつては動物だったことがあって、動物が将来僕たちの
ようになるのだとしたら、特に進化の程度が近い高等哺乳類への僕らの
行いを問題視してしまいます。

たとえば、食用や皮革のために飼育する
ことや、狩猟や闘牛のように動物の苦しみの上に成り立つ見世物などは、
霊的にそれほど人間に近いのであれば、人を虐待するのと変わらないこ
とになってしまいます!


その通りなのだ。彼らは君たちの弟分なので、より大きな配慮や尊重
に値するのだ。しかし大半の人は、人間の生命や権利すらも尊重してい
ないので、取るに足りないと見下しているものを尊重するように期待す
るのは、さらに難しいことなのだ。


それでも、昔の時代と比べたら、君たちは進歩している。洞窟に住ん
でいた人びとは人肉を食べることに全く抵抗がなかったが、カニバリズ
ムは現在では、いとうべき非人間的な行為と考えられている。それはな
ぜだろうか? そのような原始的な時代と比べて、他の人間に対する感受
性が増したからなのだ。


動物に対しても同じことだ。大多数の者が動物の苦痛に敏感になって、
彼らが進化上では肉体的にも霊的にも類似する兄弟のような存在なのだ
と気づけば、動物を奴隷化したり虐待したり、殺して肉を食べたり皮で
服を作ることなどを止めるだろう。


実際、多くの者がペットを食べる行為は常軌を逸すると考えている。
また君たちの世界にも、動物の権利を守るために戦ったり、彼らとの絆
を自覚できるほどに成長して食肉を放棄した多くの人がいるだろう。


人類が霊的に進歩してゆくにつれ菜食主義になり、動物の権利が尊重
されるようになる。君たちより霊的に一段上の進化したヒトの文明にお
いては、動物の肉を食べることは、君たちが人肉を食べるのをいとうよ
うに、忌み嫌われている。もちろん、君たちの世界のように、動物を檻
に閉じ込めたり、虐待したり殺したりもしない。



*でも、健康でいるためには肉も含めて何でも食べなければならないし、
肉を食べないと何らかの基本的栄養素が欠けて病気になる、といつも聞
いてきましたよ。これは一理ありませんか。


長らく肉を食べ続けてきた人が菜食主義に変わろうと決意する時には、
生理的に慣れなければならないので、少しずつ段階を踏んでそうするこ
とが確かに推奨される。


だが、菜食主義者に何かの栄養が不足するということはない。豆類は、
肉からは採れない豊富なたんぱく質の源なのだ。菜食は基本的栄養素が
欠けるどころか、全くその反対で、より健康的なのだ。
菜食主義者なら、肉体器官の中で肉が腐ることから生じる多くの病気
を予防できるし、進化上自分に似た存在を食べることでアストラル体の
波動が狂い低下してしまうのを避けられる。


卵・菜食の食生活は、君たちの生物学上、完全に健康的であるし、体
組織が必要とする全てを供給できる。




っとまあ、今回は人は進化しながら生まれ変わりを繰り返してきたということと、人間が食べるべきものは野菜の類だということが書かれた部分を抜き出してみました。

あの日月神示にも、遠くて近いものを食べなさいということが書かれていることは前にも書きましたよね。

遠い物とは人間の性から遠い物(動物の肉は近いから五穀野菜の類)、近い物とは自分が生まれ育った土地で獲れたものという意味です。

我々はいまこそ食べ物を見直すときが来ているんじゃないんでしょうかね。

飽食の時代がいつまでも続くと思っていると大変つらいことになりそうな気がします。

世界の気象をよ~く見てください。

穀物がまともに育つ環境にあると思うでしょうか・・・。

そろそろ目を覚ますときだと思います。
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