しゅうちゃんの瀬戸内釣りある記 裏ブログ

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魂の法則⑬

しゅうちゃんです

南極沖で氷にとじこめられてる中国とロシアの調査船だけど、こんどはアメリカの船が救出に向かってるね。

とじこめられた科学者のひとりは地球温暖化説を強力に主張している人だそうで、そんな人が氷に閉じ込められるって・・・、なんて皮肉な・・・。


さて魂の法則です


*先ほど神に言及されたので告白するのですが、僕は神の存在をすごく
疑問視しているのです。神に会ったことのある人などいるのですか。

神の作品を見たことがないのか? 宇宙、生命、君自身だ。神はこれ以
上君に近づけないほど近いところにいる。だが神は、自分を認めろとか
心を開けとかを強制しない。君自身が神を感じたい、気づきたいと思わ
なくてはならない。


しかし、もし君が、君ぐらいの大きさの、目や顔や腕や脚を持った自
分に似た人に会うことを期待しているのだとしたら、絶対に神が分から
ないであろう。神はそれよりずっとすごいものなのだ。


身体の細胞の一つが「どこに私がいるという身体があるのかい? 見え
ないんだけれど」と言うようなものだ。「君はその中にいるんだよ。気
がつかないかい?」と答えても、細胞は言うだろう、「私が見えるのは
細胞だけだよ。細胞! そこらじゅう私みたいな細胞だらけだ」と。


「それでは、自分自身の性質や機能や他の細胞と築いている関係を良く見て
ごらん。全体を形成するのにどれほど素晴らしい連携をしているか、他
の細胞同士との関係も調べて、その全体が作るものを観察してごらん。
そうすれば、細胞よ、自分が一部となっている身体に気づいて、それを
認識することができるだろう」



*では、どこに神が存在するという確証を求めることができるのでしょ
う。

細胞での例のように、先ず最初に自分の存在、次に自分の周りの存在
の中に、それは見出せる。

自分自身の存在を自覚していて、感じたり考えたりできる人はどこか
らやって来たのか? 完璧に全ての歯車が噛み合い調和がとれた宇宙の起
源とは?

それが、無ということなどあり得ない。なぜなら、無は、こんなにも
複雑かつ美しいものを創造することなどできないからだ。成り行きに任
せて鍵盤を叩いて美しいシンフォニーを作曲できると信じる人がいるだ
ろうか? それと同様に、宇宙や生命や人間のように美しく複雑なものが、
因果の結果としてではなく、偶然の産物だということはあり得ない。


*でもこれら全てを創造したのが、なぜ神でなければならないのですか。
自然そのものには、創造する能力がないとでも言うのでしょうか。

それなら、自然の創造能力はどこから生まれるのだ? 宇宙を司る法則
はどこで出来た? 君たちは、自然や宇宙に創造する力があることや、そ
の力を組織して秩序化する物理的・化学的・生物的な法則が存在するこ
とは認めているようだ。だから、科学者たちは、知らない現象を発見す
ると、無から生じたとは言わずに、それを生じさせた原因を探そうとす
る。つまり、君たちは日々の生活の中で、原因なくして結果なしという
法則を認めている訳だ。

それなのに、宇宙の起源は何か、つまり最初の原因は何か、という問
いに答える時には、いつもは有効だと認めている原因-結果の法則に反
して、「無から生まれた!」という原因なしの帰結を公言することをい
とわない。これは、矛盾極まりないことだ! だから、全てに最初の原因
がある筈で、それが神なのだ。

*何度もしつこく申し訳ないのですが、なぜ全てを創造したのが必ずし
も神でなければならないのですか。僕たち人間には美しく複雑なものは
創れないとでも言うのですか。たとえば、音楽やコンピューターなど…

君たちにも創造の能力があるというのは確かだが、その能力があるの
だとしたら、何に起因するのだろう?
宇宙には、様々な進化段階にいる多くの存在がいて、その進歩の度合
いによって君たちよりも能力が高かったり低かったりする。

しかし、彼らに始まりがあったとするなら、原因と結果の法則において、それ以前
の何かの工程によって創造されたと認めるべきだろう。したがって、実
際には、被創造者の創造力というものは、すでに存在している法則に従
って、他の創造物に対して発揮されるに過ぎない、と認めるべきだ。


よって、我々は、創造されたのではなく悠久の時から存在し、今後も
永遠に存在する、全存在物の法則と規範を定めた最初の創造主を認めな
ければならないこととなるのだが、それが神なのだ。


*では、神が存在するという可能性だけは認めましょう。神の存在を仮
定した場合、僕は、その掴みどころがなく、姿を見せない神とされるも
のが誰で、どんな様子なのかということに興味があるのですが。

作品を見れば作者が分かるだろう。自分自身や自分を囲む世界を知れ
ば、神が分かり始める。生き物は創造主の潜在能力を秘めているので、
人間の善良なる資質の全てをできる限り完璧に想像すれば、今の君の力
ではたいそう不完全なものだとはいえ、それが神のイメージには一番近
く、神の輪郭を描き始めたことになるのだ。

「神とはどのようなものか?」という問いに「その存在になれた時の君のようだよ」と答えるも
のがあるが、それが的を得ている。


*善良なる資質とはどういうものですか。

愛、叡智、正義、真実、謙虚、寛大、誠実、繊細、理解、慈悲…。

*神の資質で僕たちが持てないものがありますか。

あるとも。創造主は、不変で全能で創られることがなく、いつも存在
する。

創造物は、終わりはないが初めはある。常に改善しようとしているの
で変移するし、絶えず拡大させている進歩の能力には制限こそないが、
それは無限ではない。


*もし、神という存在がそんなにも完璧であるのなら、どうして、この
世界に悪が存在することを許すのですか。

神は、生き物が自由に体験し、間違いから学べるのを容認している。
この世の悪は、神から生じたものではなく、霊的法則を知らないために
他の被創造物を傷つける、進化の途上の人間が生んだものだ。


*それなら、それらの法則がどんなものなのか、教えて下さらなければ
なりません。僕にはまだ納得のいく答えが得られていない疑問が山ほど
あり、この世界の非常に理不尽な出来事が理解できないので、その法則
できちんとした説明が得られるのか疑問ですが。

喜んで。用意はいいかい。話すことが山ほどあるよ。


つづく

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