しゅうちゃんの瀬戸内釣りある記 裏ブログ

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魂の法則③

しゅうちゃんです

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それでは魂の法則のつづきです


つまり、君が存在するに足る理由はないし、生きるに値する特別な目
的もないということだ。もし概ね恵まれた環境の下に生まれたのだとし
たら、それは偶然だ。生まれつき病気だったり健康なのも、どの家族に
生まれるかや寿命の長短なども、偶然だ。科学的には、生まれる以前の
生や死後の生の存在などは証明できない。科学的には、神が存在するこ
とも証明できない、などなど。

大抵の人は、このように教わったことを真に受けているので、誰かと
話をしても、宗教を信じている人であれば、概ね、「神の御心です。神
のみが知るのです。私たちには計り知れません」と答えるだろう。

一方、科学を信奉する科学者の立場を取る人たちは、宗教を信じるグ
ループよりも知識があると信じ込んでいて、「それは偶然の賜物だ」ま
たは「科学的には証明できない」と答えるだろう。

僕にこんな風に答える第三のグループの人たちもいた。「さあ、知ら
ないな。君の質問に対する答えが何かは分からない。でも、そういうこ
とを自問するのにも、答えるのにも興味がないんだ」

そして、僕が彼らに「悪いけれど、その答えは役に立たないよ。僕の
質問に答えてくれていないのだから」と言うと、最初のグループの人な
ら、「それは、信仰心がないからだよ。信仰心さえあれば、知る必要な
んかないよ」と言う。

二番目のグループなら「君には必要な知識が欠けてるからね。科学は
答えをくれるさ。それが僕の言うところの『科学では証明できないって
ことが、科学的に証明されている』ことなんだよ」と返答する。

第三グループは、「払わなければならないローンがあるし、食わせな
いとならない家族がいるし、分割払いの車がある。週末には旅行に行く
ことになっているし、もう充分忙しいんだから、こんなことでこれ以上
僕を煩わせないでくれよ」と言う。

最初のグループには、僕自身の疑問に答えることを放棄することなど
できないと答えよう。放棄できるとしたら、自分の意志に背くことにな
るし、僕にはそうする気がないからだ。

第二グループには、知識の欠如によるものではないと答えたい。その
ような知識は学んだ。僕は化学博士だし、物事の探求に限界を設ける必

要がある、という結論に達したことは一度もない。計測する道具がない
からといって、踏み込めない分野があるとは思わない。僕には僕自身が
いるし、自分が自分の計器となればいい。僕は、自分が知覚したことは、
精密な計器で測定できたも同様に見なしているで、他者もそれぞれが感
知器であることを認めよう。だから、僕自身の計器で感知できないこと
があったら、他の人たちに、その人たちの感知器では何を捉えたのかを
聞いて、役に立つのか見てみようと思う。

第三のグループには何も言わないでおこう。彼らは僕の話を聞きに来
ているのではないから。

こう言ってはいても、答えの探求において、役に立ったり注目するよ
うな事柄に出会えなかった訳ではない。だけど、より多くのヒントに出
会えたのは、正規の道筋から外れたところでだった。
中でも最も興味を惹かれたのは、他の人たちの体験だった。それは、
自分でも試せるものだった。誰かが以前に経験したのだとしたら、僕に
も体験できるかもしれないからだ。

特に二つのことに興味を持った。アストラル体(幽体)での旅とナザ
レのイエスの生涯だ。この名前には聞き覚えがあるだろう? 僕は、教会
が彼についてどう言っているかを問題にしているんじゃない。公式なも
の非公式なもの、宗教上のものも世俗的なものも様々な起源の、随分沢
山の資料を研究してみたが、ほとんどのものが二つの点で共通していた。
それは、この人物が実際に存在したということと、話したり行ったりし
たことが人類史上に多大な影響を与えた、ということだ。

一体何が僕の注意を引いたのだろう。それは「汝の敵を愛せよ、誰で
も愛せよ」という彼のメッセージだった。全ての宗教の神々が征服や戦
争を正当化するために利用され、人びとや民族がありとあらゆる口実で
絶えず戦い合っているような世の中(現状と同じく)で、それと全く反
対のメッセージを携えた人物が現れたことが、目立たない筈はないだろ
う。そしてそれだけでなく、自分を手本として実践してみせたのだ。つ
まり、過大な約束しておきながら、後では言ったことと反対のことをす
るお馴染みの政治家のように、口先だけではなかったのだ。

けれど、イエスについては、死後に彼以外の人 ―中には彼と出会いも
しなかった人たち― によって書かれたものが余りにも多すぎて、一体ど
うしたら本当に起きたことが分かるのだろう? 彼が実際に言ったこと、
または言わなかったことは何だったのか? 僕にはそれが気になった。



まだ序文だからね。

初めから読んでみようと思う方はコチラ


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