しゅうちゃんの瀬戸内釣りある記 裏ブログ

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霊的制裁の法則つづき

しゅうちゃんです

今回の都知事選のさいちゅうは、何かと人々の目をそらすような報道が多かったような気がするが気のせいか?

なにせ小さな他国よりも大きな地方自治体だからね・・・。

まあどういった結果になるかはわからないが、結果によっては多くの真実が判明したり、またはさらに何かを隠して突っ走ろうとして転んだり・・・っといったような現象がみられるに違いない。(←わかりずらいぞ!)


さて、霊的制裁の法則のつづきを載せます。

前回はこちら

この法則、なんせ馬鹿にできない完璧な性格をもっているからよく読んでおくと損はないと思うんだよね。
近未来に世の中が大きく変わることがあったとしても、この法則からは逃れられない。


それではどうぞ


*最後の審判みたいではないですか。

それに似てはいるが、魂を蔑んだり罰する意図は全くなく、「魂の法
則」や万物の生命に対する行為を自覚できるようになるためなのだ。

*自分の行為が正しかったか正しくなかったかを、判定するのは誰です
か。


高次の霊の手助けを得て、自分自身で判定するのだ。


*生存中に気づけなかったのに、自分の行動が不当だったかどうかを、
どうして自覚できるのですか。


高次の魂が助けてくれるので、自分の進化レベルではまだ持ち得てい
ない、霊的な洞察力が授けられるのだ。


*自分自身を裁くのでしたら、完全に公平にはなり得ないのではありま
せんか。魂が自分をひいきしないように、どう阻止するのですか。


今言ったように、魂は高次の存在に誘導されて、霊的に明晰な状態に
いるので、自分をえこひいきするような行動はとらない。その状態で、
現実をありのままに、完全に公平に見れるのだ。


*そして、どうするのですか。

魂は、自分の悪い言動を修正してその後の転生で克服できるように準
備をして、能力に応じた償いのための試練を選ぶのだ。
それは、魂が選びたい方法による。ゆっくりだが時間がかかる修復も
ある一方で、試練はきついがもっと速く進化するために役立つものもあ
る。


*でも直後には何が起こるのですか。つまり、魂は直ぐ次の生で、早速、
前世の行為の修復に取り組むのですか。


矯正する意図を全く見せない魂が沢山いるので、必ずともそうとは限
らない。彼らはそのために、下層アストラル域に停滞してしまい、更生
の前段階を踏まないで、再び転生して来てしまう。

また、魂が更生のプロセスを開始したとしても、初めは善と親和する
意志力が弱いので、厳しい試練には耐えられない。よって、負債の償い
に直面しない過渡的な転生をし、更生のための意志力と忍耐力を養う準
備期間とする選択肢もある。

きつい試練に立ち向かう本当の贖罪のための転生は、魂に充分用意が
整って、確固とした改善の意志を持った時にやって来る。


*「負債を持つ」魂には、どんな種類の試練が待っているのでしょうか。

一般に、前世で自分が生み出したのと類似した状況を、自分が身を持
って体験する。そして、「魂の法則」と何が調和し、何がしていないの
かを自覚して、罪の償いに尽くす。


*理解できるように、例を挙げていただきたいのですが。

良かろう。大農場と耕作奴隷を所有する、十八世紀の白人の家庭へ、
ある魂が転生したとしよう。

おそらくこの魂は、両親の教育によって、農奴も自分同様に感じ苦し
む人間なのだと気づかない。また、物的なものかを問わず個人の利益の
ために 、他の生き物の意志を蹂躙してはならないことや、それが自分と
同じ人間の場合にはさらに悪質であることに気づけない。そのため、奴
隷制は「愛の法則」と「自由意志の法則」に反する行為だ、と思い至ら
ないでいる。

大人になってそこの若旦那となったこの魂に、奴隷を所有するのがい
いことかと尋ねたならば、「汚い無知な奴隷と立派な領主とをなぜ比較
するのだ」と、彼の自尊心を怒らせるに違いない。「汚い・無知・奴
隷」というのは、彼が積極的に維持してきた状況だ。もしこの状態が妥
当だと思えるのなら、それは、逆の立場からもこの状況を経験すること
に、同意していることになる。

つまり、以後の転生では、自分の家族に隷属する農奴の息子または娘
として生まれ、奴隷であることから生じる苦悩を、身を持って体験する
のだ。そして今度は奴隷となった魂に、奴隷制は良いことかと尋ねてみ
れば、それは非人道的だと語り、「神よ、私が一体何をしたというので
すか」と、自分の不運を苦々しく嘆くことだろう。

結局のところ、自分がまいた種を刈り取ったに過ぎないのだ。もし彼
がこの経験から有益な教訓を引き出せたとしたら、たとえば再び大農場
の領主に戻るなど、社会の諸相を変えられる立場になった時に、自分が
前世で内面的に学習したことを思い出し、奴隷制度の廃止に尽くすかも
しれない。


*この例から、奴隷は前世では、奴隷制を利用していた領主だったかも
しれないと推測すべきなのですね。


そう、そして領主が、奴隷なのだ。

自己の自由が尊重されるための最善策とは、どんな状況でも他者の自
由を尊重することなのだ、と気づくに至るまで、同じグループの魂が、
多くの人生で両方の立場を交代で経験することだろう。全てがこうなっ
ているのだ。


*でも、自分がしたのと同じ目にあわせるのは、目には目を、歯には歯
を、に等しいのではないですか。


これは懲罰ではなく、学習形態なのだと言っておこう。
正しい行いをしたと確信できるのなら、自分がしたのと同じことをさ
れるのも、全く怖くはないだろう。そればかりか、その善行に見合う報
酬を受け取ることを、待ち望むであろう。

しかしそうではなく、我欲によって、他者を足蹴にしたのだったら、
自分がまいた悪い種を収穫する気には余りならないだろう。

復讐の一種のように、違反者を罰することが目的だとしたら、「目に
は目を」だと理解できる。しかし、この法則の趣旨は罰することではな
く、他人に行った行為を自ら体験して、魂の進化を促進させることなの
だ。

別の言い方をすると、「霊的裁きの法則」は、我々が学び取れるよう
な方法で、各人をそれぞれの行為と向き合わせてくれる。そして、自分
が招いたものと文字通り同じ状態を経験する必要はないものの、それが
最も速い習得法なので、惨めな霊的な劣等感から脱却したいと願う多く
の魂がそうしている。


*それほど過激にならない別のやり方で、負債から解放される方法はな
いのですか。


試練の厳しさは、本人がどれだけ早く霊的な借金を返済したいのかと、
試練を乗り越える力があるかどうかによる。試練は、魂にそれを乗り越
える準備が整った時にだけ訪れる。

利子の付かない銀行貸し付けに似ており、カルマの借金がある進化を
望む魂には、負債を支払って更生するための選択肢が複数提示されるの
だが、どれを選ぶかは自分の決定による。時間はかからないが高額な分
割金で返済することも、時間はかかるが低額な分割金で払い戻すことも
可能だ。

清算し終えるには、より多数の転生が必要となるが、霊的なガイドた
ちは、二番目の選択肢、つまり借金をより楽に支払う方を勧める場合が
多い。
しかしながら大抵の場合、魂は、犯した罪の呵責で苦しむ状態から抜
け出したいと急いでいて、カルマを素早く消し去ることができるように、
より厳しい試練を選ぶ傾向がある。

いずれにせよ、魂は試練に向き合うことを承諾しなければならず、上
手く乗り越えられるように、準備を整えるのだ。


つづく



霊的制裁、つまり因果の法則は、自分がしでかしたことの後始末をちゃんとしなければいけないわけですが、その清算のしかたは自分で選べるという自由意志の法則がここにも働いているというわけです。

自由意志の法則についてはコチラも参考にしてちょ。

こうやって人間の魂は少しずつだが成長していくわけですね。

何をやってもロクなことが起きず、堂々巡りをしている状態から抜け出すには、今までに撒いた種を刈り取る作業を喜んですればいいわけです。

病気もそうだと思います。

今世、あるいは前世の行いを清算するために訪れた試練なら、精一杯うけいれるべきだと思いますよ。

なぜならその人は、生まれる以前にこれらの清算をしようと心に決めて来ているんですからね。

生まれた瞬間にその記憶はいったん忘れていても、心のままに生きていれば必ず何かのきっかけで思い出せるように精妙な形の支援が得られるようになっているんだと思いますね。

私みたいな馬鹿ものでも、そこまではわかるようになってきました。(←やや遅すぎ)


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