しゅうちゃんの瀬戸内釣りある記 裏ブログ

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霊的制裁の法則つづき

しゅうちゃんです

都知事選大きく盛り上がっているようですが、ある候補の女性軽視発言がネットで騒がれてますね。

私も動画で見ましたがひどいもんです・・・。

残りわずかの選挙期間、都民がどういった選択をするのか注目ですが、それよりも不思議な結果になって全国民が騒ぎ出すというようなことにならなければいいのですが。

今回の選挙もまあ当然ながら、お天道様はしっかり見ているわけですからね。



さて霊的制裁の法則のつづきです。

前回はコチラ


*どうして、「霊的な作用と反作用の法則」と呼ぶのですか。

それは、ある意味でニュートンの第三の法則、つまり伝統物理学の作
用と反作用の法則に似ているからだ。

これに馴染がない者に説明すると、この法則は、物体が他方にある力
をかけると、同時に同じ大きさの力で押し戻される、ということだ。つ
まり、二人の宇宙飛行士が宇宙空間で手を繋いでいて、一方が他方を押
したとしたら、自分自身も等しい力で逆方向に移動させられるのだ。


銃や同様の武器で撃ったことがある人なら、物理的作用・反作用の法
則をよく知っている。射撃では、銃が弾丸に力をかけて、弾丸が物凄い
速さで外に飛び出すというのは周知の事実だ。しかし実は、弾丸は、同
時に銃に、同じ力を反対方向にかけるのだ。

作用・反作用の法則が存在するがゆえのこの反力は、銃器業界では
「後退」として知られる大変強いもので、訓練できていない場合には、
銃を支えていた部位が怪我してしまうこともある。


物理的な作用・反作用の法則に類似する「霊的な作用・反作用の法
則」は、霊的な次元では、他者に行った全ての行為は同じ規模で我々自
身に戻される、と言っているのである。それは実生活では、他者に行う
ことは全て、実際には我々自身に行うことになる、という意味である。

各人がそれぞれの行為と向き合うことになるというのがこの霊的裁き
の基本であり、自分の行為の結果を経験した後で、その行為を修正する
か否か決めるのは本人次第なのだ。


*他者に対する行為は、どのように霊的進化に反映されるのですか。

それらの行為が「愛の法則」に反するものなら、魂が進化の高域へ上
昇するのを阻むおもりのように重たいものとなる。反対に、「愛の法
則」と調和した行為は、気球のバーナーの炎のように作用する。

炎は空気を熱すると、ガス粒子の振動レベルを増加させ、気球内部の
空気濃度を希釈し、気球がもっと大気の薄い地帯まで上昇していくこと
を可能とする。
同様に、「愛の法則」に賛同する行為は魂の波動を高め、もっと高振
動でさらに霊性が高いアストラル界域まで上昇することを可能とする。


*この法則が一般的に適用されているようには見えませんが。世間に知
れた殺人鬼や犯罪者や大量殺戮者が、一度も裁判にかけられないまま、
年を取ってから、穏やかに亡くなってはいないでしょうか。


特定の原因または行為に連結した結果は直ぐには顕れないので、犯罪
者が生存中に罪を償うのを観ていない者には、裁きが存在していないよ
うな印象を与える。

確かに、特に地上の権力の座を占める者の場合には、ただ一度の人生
では、その多くの犯罪行為が、裁きを逃れて終わってしまう。このよう
な場合には、他者を傷つけて「愛の法則」に違反した者は、その後の転
生で、自分の行為の結果と向き合うことになる。

戦争を招いた統治者が、大勢の人を拷問し死刑にする命令を下したと
想定しよう。その権力がゆえに、地上のどの裁判所でも、絶対に裁かれ
ることも有罪とされることもなかった。だがその人生で帳尻が合わされ
なかった借金は、以後の転生に持ち越され、かつての死刑執行人が、明
日は一見無実な犠牲者となり得るのだ。

これが「義に飢え渇く人びとは幸いである、その人たちは満たされ
る」という一文の意味だ。地上での裁きが解決せずに残したものは、霊
的な裁きが解決するということに、疑問の余地はないのだ。

だがそれでも、この仕組みは、懲らしめるためのものではなく、教え
るためのものなのだ。いずれにせよ、悪いことをした魂は自分自身に負
債を負い、前進していくためには、先ず自分が与えた害を自覚して、次
にそれを償うことが必要となるのだ。


*その対極には、生存中に多くの善行を積んだのに、感謝されるどころ
か、中傷されたり拷問されて、殺されてしまった人たちがいるのではな
いでしょうか。


「霊的裁きの法則」のコインの裏面も見なければいけない。
「愛の法則」に従って行動したのに、同輩から感謝されずに、無理
解・拒絶・暴力・拷問や死を、善行の対価として受け取った者たちは、
人間の独善的な法律に縛られない真の世である霊界で、行為の成果が報
われるのだと確信すべきである。

これが、イエスの言葉の「心の貧しい人びとは(謙虚であるとの意味
だ)幸いである、天の国はその人たちのものである。悲しむ人びとは、
幸いである、その人たちは慰められる」が意味することだ。


*なぜ、作用と反作用、つまり行為とその結果との間に、時間のズレが
なければならないのですか。行為と反動が連続した方が、もっと公正で
はないですか。


反作用は行為の瞬間に起動するが、直ちに効果を発揮しないのだ。
行為が「魂の法則」に賛同するものなら、「霊的な褒美」を受け取り、
反するものなら「霊的な負債」を負うと言える。


「収穫」は、魂が自分を試す期間が終わるまで、つまり人生が終わる
まで延期されるだろう。それは、試験の際に、完全に終了するまでは成
績を知ることができず、また、終えた問題を先生が採点し終わらなくて
も次に進んでいくのと同じだ。

請け負い仕事では、途中ではなく終了した時点で報酬を受け取るよう
に、「魂の法則」に則った行為の場合も直ちにではないが、いつかは霊
界で妥当な代償を授かる。この「霊的報酬」は、最終的に魂が肉体を離
脱した時点で、もっと愛情深い霊が居住する高い次元まで昇って行くこ
とを可能とする。

霊的な負債の場合には、償い自体は、魂自身の意志で自発的に損害を
修復しようと決意するまで延期されるが、それは必然的に、魂が自己の
言動を自覚したことを意味する。

「自由意志の法則」により、償いを強
いてはならない。いつその状況に立ち向かうのかを決めるのは、魂自身
である。しかし霊的に進歩したいのであれば、遅かれ早かれそれに立ち
向かい、犯した罪業を償わなければならない。罪の償いがされない限り、
新たな試練には立ち向かえないのだ。

人生が終了すると、「愛の法則」に反した行為の重さで、似通った性
質の魂が住むアストラル界の下層レベルに留まることとなる。「愛の法
則」と調和できずにお互いに傷つけ合うレベルなので、かなり不幸で苦
悩に満ちた生活となるが、ここで更生の決断が待たれる。


*魂は、他者に与えた害を、どのように自覚できるようになるのでしょ
うか。


魂は、肉体の死後のどこかの時点で、最後の転生中に起こった最も道
徳的な部分に関わる事件を徹底的に振り返らされる。魂は、この人生回
顧の間に、それらの経験一つ一つにおいて、その時の自分の気持ちのみ
ならず、自分の行為に影響を受けた他の人たちの感情や情緒も感じ取り、
その人たちの悦びや不快を自分のことのように感じるのだ。


*具体的にどういう目的で、回顧するのですか。


魂が、「魂の法則」や他者への行為に関して生存中に決断したことの
重要性に気づいて、進化に役立てるのが目的だ。つまり、愛を持って行
動したのか、我欲によって行動したのかを、顧みるのだ。

また、その転生で取り組んだどの科目に合格し、不合格なのはどれな
のかを知るのが目的だ。今後の転生での試練は、これまでの転生での行
動によるところが大きいからだ。


つづく


この霊的制裁の法則、よ~く自分の過去をふりかえってみると必ず何か思い当たることがあるもんです。

今自分にふりかかっている現象は、いいことも嫌なことも過去に自分がつくった原因の結果ですが、この結果を受け入れる時にまた新たな原因を作っているということを知らないといけませんね。

怒ったり騒いだり、どんなに抵抗してみても、それが新たな種となって芽を出す。

まったく自然な現象ですよね。

過去にやったことは、素直に過ちを反省して起きた結果をありがたく受け入れてみれば、嫌な事の連鎖は止まるものです。

私もこの霊的制裁の法則を繰り返し読んでみて思いましたよ・・・。

たしかにな~って・・・。(←アンタの過去はひどいからな・・・)
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